板前の小言

魚の豆知識、昔マグロは嫌われていた⁉

マグロというと近年では初セリにて高額で落札され、新春に必ずと言っていいほどニュースになるお魚です。

いわば魚の王様のような存在ですね、煮て良し、焼いて良し、ただやはりマグロは刺身やお寿司でいただきたいものです。そんな我々日本人の馴染みのお魚としてかかせないものでありますが、そんなマグロが近年の乱獲などにより食べれなくなってしまうというニュースが時折流れています。

マグロが鯨などのようにいつしか家庭や料理屋から消えていく、そんな時代は見たくないと思う今日この頃であります。

ただそんなマグロですが昔は人気の無く、おいしいとされなかったのは皆さんご存じでありましょうか?

マグロが好まれていなかった時代があるなどということは私も初めて知った時は驚きました。

当時の人たちの好みに合わなかったのか?それともマグロ自体の味が変わっていったのか?あのマグロが嫌われた理由、今回はそれを解明していきたいと思います。

マグロがおいしくなかった⁉その理由とは

現代では皆に好まれているマグロですが、そのマグロがなぜおいしいとされなかったのか、その背景を歴史と共に振り返っていきたいと思います。

縄文時代のマグロ

我々日本人は島国の為昔から魚介を食すいうのが普通でありました。もちろんマグロもしかり、当時の貝塚からはマグロの骨が発見されておりマグロをこのころすでに食していたとされています。どうやってマグロを取っていたかというとマグロをモリで一突きし時間をかけて弱ったところを陸に引き上げていたとされています。

つまりそんな昔から魚を生食していたことが伺えます。そして生で魚を食べるということが現代まで一般的に続いているというのは世界的にみて日本だけではないでしょうか?というのも他の国々でも魚を生食していた記述などは様々見つかっておりますが、寄生虫の問題などから生食をすることから遠ざかり生食をしなくなったものと考えられています。(漁師や沿岸の地域の人々は世界各地で魚を生で食べる風習が残っている事が多い)

この当時はマグロをどのように調理していたかはわかりません、このころから魚を生で食べていたのかもしれませんね。

奈良時代(710年~794年)のマグロ

マグロがあの有名な古事記(712年)や万葉集(奈良時代末期)に登場していますが「シビ」と記載されています。

漢字自体は「鮪」なのですが、これで「シビ」、「シビノウオ」と呼んでいたそうです。なんででしょうかね??ちなみにパソコンの変換機能でも「シビ」と打って変換すると「鮪」の漢字が出てきますよ。

平安時代(794年~1185年)のマグロ

古くから中国では鱠(なます)と呼ばれる生魚の食べ方があり、それは生魚に数種類の調味料をブレンドした「たれ」を和えた物であり、これも地域や時代によって変わっていったのである。そして中国唐代(618年~907年)に中国から日本にこの食べ方が伝来したのである。まさにこれこそが現代における刺身の原型ともいえる食べ方であります。現在でも鱠という料理は残っていますが主に正月に食べる紅白膾が一般的になってしまいました。

ちなみに元々鱠は獣肉や魚肉を細切りにして食べるものであり、日本で魚肉を用いて作られていたものは「魚鱠」とも呼ばれていました。この当時は中国での食べ方を真似していたため、使われる魚は鯛やスズキなどの白身魚が使われてました。

一方でマグロは平安時代中期の「和名類聚鈔」(当時の辞書のようなもの)に登場しますがやはりこの頃もまだ「シビ」と記載されています。マグロと呼ばれる日はいつになるのやら・・

鎌倉時代(1185年~1333年)のマグロ

注:昔の「いい国作ろう鎌倉幕府」は教科書などでは「いい箱作ろう」に代わった。諸説あるが今では1185年が定説の為1185年で記載。

このころの時代、主役が貴族から武士に代わるとマグロ(シビ)はシビ=死日に通じる為、いつ命を落とすかわからない武士にとって嫌われていたのである。ちなみに逆に鰹はカツオ=勝男というごろ合わせで人気だったのです。こうした言葉のあやも当時の人は気にしていたんですね。

シビの語源については不明ですが魚の豆知識としてマグロが「シビ」と呼ばれていたと覚えておくといいかも知れません。

鎌倉時代にはマグロはこうした名前の理由もあり嫌われていたのです。

室町時代(1336年~1573年)

「鈴鹿家記』応永6年(1339年)6月10日の記事に「指身 鯉イリ酒ワサビ」とあり刺身が文献上に初めて出るのであります。この記事では鯉が刺身で食べられていたことが分かります。当時はまだ醤油は一般的でなかったため生姜酢や辛子酢、煎り酒(削り節、梅干し、酒、水、溜まりを合わせて煮たもの)などで食べるのが一般的でした。刺身が切り身と呼ばれなかったのには理由があり魚の種類が分からなくなるということで、その魚の「尾鰭」を切り身に指して示したことからです。一説には「切る」は切腹などに通ずるものがあるため、「刺す」にしたのだという説もあります。

このことにより刺身は食品を薄く切って盛り付け食べる直前に調味料をつけて食べるという認識がつき、「四条流包丁書」(宝徳元年・1489年)ではクラゲや山鳥なども塩漬けを塩抜きし薄くしたもののも刺身と呼んでいるのです。

安土桃山時代(1573年~1598年)~江戸時代(1603年~1867年)のマグロ

慶長(1596年~1615年)の江戸の世相を記した随筆「慶長見聞集」にも「シビと呼ぶ声の響、死日と聞こえて不吉なり」とするなど。とにかく嫌われていたのだ。これは先述記した鎌倉時代のいわれと同じ理由で嫌われています。ということは鎌倉時代からずっとこの理由で嫌われていたのかもしれません。

他にも江戸時代の後期からマグロは江戸に届けられたりしていたが、このころ冷蔵という技術はなく取れたマグロを常温で運んでいた。その為、マグロはただ赤黒い見た目(気持ち悪い)、でろでろになった肉質(食感が悪い)、脂が多い魚(当時の人は脂っこいものを好まなかった)という認識しかなかったみたいですね。

かつては水槽に入れ生かしたまま流通する方法もあったがマグロの大きさではそれはできず、干魚に加工すると固くなりすぎて使えない、さらに塩漬けする方法もあったがマグロには合わずおいしくなかった、つまり加工してもダメで生だと腐りやすいものであったことからまだこの時点ではマグロの人気は無いに等しかったのです。この時代より前は魚と言えば白身魚を指すのが一般的であったためより拍車をかけていたのかもしれませんね。

つまりここで結論を下すのならマグロはおいしくなかったのではなく、鮪がおいしい状況下で食べることができなかったというのが正解であろう。いかんせんマグロの品質が低下しない冷凍温度帯は-30℃以下であるから当然であろう。そのマグロを駿河湾などから馬にのせて、常温のまま数日かけて運び江戸で食べる。もはやそれは腐っていたかもしれません。

江戸時代中期のマグロ

江戸時代中期になると醤油の庶民化(銚子でよくつくられていた)により、漬けにすることで腐ることなくマグロは運べるようになった。そのためマグロの事を指して「ヅケ」と呼ばれるようにもなったが、これまでの印象が悪いためそれでも人気の無い魚であり下魚の象徴的魚としての地位のままであった。さらにはトロは以前、ゴミのような扱い(江戸っ子が脂っこいものを好まなかったうえにトロはより腐りやすい部分であったため)猫マタギ(魚好きの猫も食べないという意)という言葉が付けられるほどであった。

江戸後期マグロの寿司が江戸前寿司に登場したのは天保年間とされていて、天保の末(西暦1842年)マグロの大漁があって、そのころまでは下賤なものとして扱われてきたがマグロが江戸中にあふれかえった時に日本橋馬喰町の「恵比寿ずし」という屋台がマグロ(漬けにしたマグロ)を初めて握って出したとされている。

ただこの後も高級店ではマグロは出しておらず、やはり屋台の寿司ネタとされていた。御膳寿司と看板を出している店には、まずマグロはなかったそうです。(鯛や平目等色の薄く透き通った魚が重宝されていた。)

明治時代(1868年~1912年)のマグロ

明治、大正の頃は出前もあった為、鮪の中でもカジキマグロやキハダマグロのほうが色も変わらず重宝されがちだった。がそれはあくまでもでもマグロ内の話で、まだマグロの価値は上がらず、やはり屋台等で出される人気のない安い魚のままであった。

ちなみに明治から昭和にかけて活躍した美食家である北大路魯山人(1883年~1959年)は「マグロそのものがゲテモノであって一流の食通を満足させられるものではない」と評している。

大正、昭和時代のマグロ

~トロを寿司として初めて出しはじめた吉野鮨本店のお話~

大正8年の事2代目 正二郎さんの頃 マグロの仕入れが少なくやむを得ず、ただ毎日仕入れれば悪いうわさが立つので時々仕入れる魚であった。

しかし常連さんからこの間のある?みたいな形でリピートされることが増え人気になっていったのだという。その当時トロはアブ(脂の多い部分)やだんだらと呼ばれていたがこの当時の常連さんの一人がトロっと口に広がるからトロにしようと提案しトロになったとか。ちょっとした魚の豆知識ですが、これがトロの由来です。

関東大震災後(大正12年)にマグロが大量にとれたため激安を理由にマグロが売れるのです。だがもちろん上流階級には目もくれられない魚でありました。がこのころのトロやマグロはお金がない学生の間で、流行ることとなるのです。この当時の屋台のお寿司はいまでいうファーストフードであったため激安で食べれるマグロやトロはお金の無い学生にとっては財布に優しい食べ物であったといえるでしょう。

大正11年に葛原冷蔵株式会社が冷凍運搬船を建造するなど魚を冷凍、冷蔵して運ぶ技術が急速に進歩していくことになり、これらの技術により新鮮な魚をたべれるようにこのことよりマグロの地位も上昇していく。

そして昭和30年代(1955年~1964年)を過ぎたころにはマグロと言えばトロと言われるようになるのである。これには食事の洋風化により脂っこいものが好まれはじめたことにも由来すると言われている。

その後どんどん人気となりお寿司の代名詞と呼ばれるようになっていいたのです。それに伴いマグロの価値も上昇。

1960年代からマグロの値段が上がっていきバブル期の平成元年(1990年)には4500円/kgを超えた。(クロマグロ・ミナミマグロの加重平均)

マグロの人気は際限なく上がったことで、日本中で乱獲が行われ2014年には国際自然保護団体(IUCN)から絶滅危惧種に指定されることになります。

こうしてまずい魚の代名詞から時代を経て頂点へと上り詰めたマグロなのでした。

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